国際教育

2012年1月

LIコース希望者が参加する「フィリピンボランティアスタディツアー」。

今年度は1月5日から1月14日にかけて行われました。

高校2年の吉田夏美さんの研修報告を掲載します。

研修報告はこちら(PDFファイル)

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2011年12月

LEコース3年 渡邊翠さんが読売新聞大阪本社主催の「高校生英語エッセーコンテスト」海外経験部門で最優秀賞を受賞しました。


全文をPDFファイルにて掲載します。

【海外経験部門最優秀賞】On Living in Peace



2011年11月

中学校生徒会から、St Denis International Schoolの皆さんへお礼の手紙

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手紙全文はこちらのPDFファイルをごらんくださいhappy01

 

2011年9月

「第46回国際理解に関する弁論大会」で教育長賞」を受賞した吉田夏美さんの発表内容をご紹介します。

 

「奪うことと分け合うこと」

 「がんばろう、東北」あの震災後、何度この言葉を目にし、耳にしたことでしょう。私はこの言葉を聞く度に、むなしくやり場のない思いになることが続いていました。家族を

亡くした友達や津波で家を流されても周りに気遣って笑顔でいる友を思うと、「なぜこんなに苛酷なことが起こるのだろう。」「神様はなぜこんな辛い試練を与えるのだろう」と、不条理を嘆く毎日でした。

 六月になって、学園で講話会がありました。アフリカで活動しているシスター根岸が、来校して、子ども達の現状と、シェラレオーネの内戦について話してくれたのです。

 1991年に勃発した内戦は、この上なく悲惨でした。反政府軍は罪のない子ども達を誘拐して、戦うための道具にしました。特に少年兵は麻薬を強要され、人を殺させられたのです。手足を斧で切り落とされた人は一人二人ではありません。反政府軍の行為は、まるでゲームを楽しんでいるようだったといいます。

 そんな激動の時代を乗り越えた村に、大震災のニュースがラジオから飛び込んできたのです。「日本の天使達が苦しんでる」毎年、給食費を援助してくれる日本の高校生を、子ども達は「天使」と呼んでいました。

 日本の天使達のために役に立ちたいと、子ども達はお米の給食を芋に代えたり、教科書を買うためのお金まで送ってくれたのです。この行動を聞いて、私は被害者意識にとらわれ、不条理を嘆くだけだった自分が情けなく、恥ずかしくなりました。言い尽くせない苛酷な時を過ごし、その傷も癒えない子ども達が、なけなしのお金を義捐金として送ってくれたのです。

 私は時として自分だけが大切で、自分の不幸を他者のせいにしがちでした。シェラレオーネの子ども達は、人として、一番困難な壁の乗り越え方を教えてくれたのです。彼らこそ天使だったと気づかされました。

 それから数日後、「3.11世界中が祈り始めた日」というウェブサイトを開いた時、「人は奪い合えば足りないが、分け合うと余る」という衝撃的な言葉に出会いました。同時に、あの震災後の学校の光景が脳裏に浮かんだのです。帰宅できない生徒と先生、合わせて約三百人が学校に泊まりました。食糧不足が心配されたのですが、配給された乾パンや地域からいただいたわずかな食糧を、「二人

で分けよう」「一つとっておこう」などと誰も我欲にすがることなく分け合って、三日間を過ごしました。最後には、むしろ余るほどだったのです。

 一日に一食もままならない極貧の生活を強いられているシェラレオーネの子ども達は、、分け合うことで、譲り合うことで、我慢することで、お金を生み出すという奇跡を起こしました。私の心にもやり場のない鬱々とした気持ちはすっかり消えて、奇跡が起こっていたのです。

 震災の悲惨な現実と正面から向き合って、この世に思いを残して亡くなった命を、絶対に無駄にしてはいけないという気持ちでした。

 そんな時、国連の潘基文事務総長が福島を訪問され、高校生に「明日の世界を担うリーダーとしてよりよい世界をどうすればつくれるか考えて欲しい。」と訴えられました。

 今、世界では争いや奪い合いがたえません。この世界を支え合い、つながり合う世界に変えるために、被災した私たちだからこそ考えられること・できることがあるはずです。

「奪い合えば足りないが、分け合えば余る」私は被災地の高校生として、この言葉を胸に明日に向かって、力強く、一歩ずつ復興への道を歩んでいきます。

 私が避難所に、うどんの炊き出しの手伝いに行った時のことです。材料が少なくて、列に並んだ百六十人全員に行きわたるのかとはらはらしたのですが、最後の一人まで分けることができたのです。そして、「あったかいうどんおいしかったよ」という笑顔に胸があつくなりました。

 

大会に参加して

 

9月12日に、国際理解についての弁論大会に出場してきました。

私は白百合学園が長年募金活動を続けているアフリカの「シエラレオネ」について深く調べたり、日本の豊かさとの比較など、国際的な視野で考え発表しました。

大会当日は、各学校の弁士の方々の発表を真近で聞け、とても貴重な時間を過ごしました。色々な角度から国際的な問題について述べられていて、中には笑いを誘うような弁論もあり、表現についてもそれぞれ工夫されていました。全部の発表が終わり、意見交換会が開かれたくさんの方から、「表現がよかった」「内容がとても共感できた」とコメントをもらえ、とても嬉しかったです。

 今回の大会を通して、訴えることの難しさ、世界平和の大切さ、日本の未来について学ぶことができ、自分の自信にもつながりました。また、たくさんの先生方に協力していただき感謝しています。ありがとうございました。

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2011年8月

震災の影響で延期になっていた中2ニュージーランド研修ですが、中3の夏休みに延期となり、無事研修を終えることが出来ました。3名の生徒に研修の報告をしてもらいました。

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中学3年1組 鈴木千尋

3月19日私はニュージーランド研修旅行に出発する予定でした。しかし、その日の8日前、あの大地震で8月2日に変更になってしまいました。私は地震の後、本当にこのような状態でニュージーランドに行けるのだろうか、こんな地震が起きたのには何か意味があったのだろうかと、とても疑問に思いました。こんな地震が起きなければと何度思ったことでしょう。でも私は神様が何か意味を持ってこの地震を起こしたと思い、ニュージーランドに出発しました。現地の8月は日本の真夏とは全く逆で冬でした。驚くほど寒かったです。ニュージーランドではマオリのコンサートを見たり、ロトルアが一望できるノンゴタ山へゴンドラで上ったりと楽しいことばかりで、RELAではいろんな国の人々と交流することができました。私が行ったロトルアの町は、お店も多く素敵な町でした。ニュージーランドでお世話になったホストファミリーやRELAの先生方への感謝を忘れずに私はこの素敵な町にまた戻ってこようと思います。


中学3年1組 岩渕由佳

 8月2日から8月14日までの訳2週間、私たち中3生16名はニュージーランド研修に参加しました。研修は午前をRELAという英会話学校で英語の授業を受け、午後はプロジェクトワークの準備をしたり、アクティヴィティーに参加します。その後、それぞれのホストファミリー宅へと帰ります。

 私のホストファミリーは、お父さん、お母さん、6歳の女の子(Grace)、2歳半の男の子(Jessy)でした。翌日からは、中国からの留学生で13歳の女の子(Chang Ming)も一緒でした。グレースはかなりのお転婆さんでした。彼女の「Come on!」の言葉を合図に、ずっと遊び続けなければいけませんでした。それは毎日へとへとになるまで遊んだので、体重が2kgも減ってしまいました。

 アクティヴィティでは様々な体験をしました。特に印象的なのはリュージュです。ロトルアの町が一望できるノンゴタハ山にゴンドラで登り、リュージュに乗って山の斜面を一気に下ります。とても速くてスリル満点です。目の前でバンジージャンプも見ました。

 当初は3月19日が出発予定日でした。東日本大震災の為8月の出発になったわけですが、中止にならずに研修が実現できたのも、たくさんの方々の支えがあったからなのだと思います。

 現地では、何人かの人に「津波や地震は大丈夫だったの?」と声を掛けられました。RELAでは日本のためにバザーを開き、その収益金を義捐金として送って下さったと聞いています。本当に多くの人に支えられているのだなあと改めて実感しました。この研修によって英語がスラスラと話せるようになったかは分かりませんが、研修ではとても楽しく充実した内容でした。また、私は英語のみではなく人と人とのコミュニケーションの大切さやつながりの大切さも感じました。

 1年間私たちをサポートしてくださった先生方、インターサポートの浦沢さん、家族、事前研修から帰国までずっと仲良く協力し合えたメンバーに感謝いたします。本当にありがとうございました。

Individuals are connected---by "bonds."  The world is connected, too---by bonds. 


中学3年2組 清原歩実

 8月3日朝、オークランドに到着しました。その後バスで雄大な牧場の美しい景色を眺めながら、夕方に研修先のロトルア・アカデミーに到着しました。そこで、ホストファミリーの方々とお会いするので、バスの中でドキドキしました。名前を呼ばれて行く、ホストファミリーの方が笑顔で手を差し伸べて迎えて下さいました。お父さん、お母さん、小学生の女の子2人のファミリーでした。お父さんは夕食後、次の日学校に持って行くおやつのクッキーを毎日作ってくださいました。お母さんは美味しい料理や学校に持って行くお弁当を作って下さり、とても温かく優しいファミリーでした。日本から持参したお土産もとても喜んで下さり、小学生のかわいい女の子2人は毎日それで遊んでくれました。研修に行く前は、日常生活もすべて英語で話さなければならないので少し不安でしたが、理解できないところがあれば、「大丈夫よ。」といつも笑顔でホストマザーが言ってくださったので安心して過ごすことができました。休日は車で30分位のところにある水身に連れて行ってくださったり、ご夫婦でダンスをして下さったり楽しく過ごすことができました。このニュージーランド研修で素敵なファミリーと出会え、貴重な良い思い出となりました。


2011年7月

フランスのパリ近郊にある
St Denis International Schoolの生徒から応援メッセージが届きました。
生徒や保護者のみなさんが、芸術祭で集めたお金と、
60通以上のお手紙やカードを送って下さいました。

 

一枚ずつ丁寧に掲示して、貼りきれないものはファイルにとじ、
みんなが手にとって読めるようにしました

 

 

素敵な励ましをありがとうございます

 

2011年5月

フランスのサン・シャルル高校へのお礼

サン・シャルル高校のみなさんへ震災お見舞いのお礼メッセージを送りました。

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サン・シャルル高校のHPはこちらです


2011年5月

フランスから励ましのメッセージが届きました!

 先月末、フランスのリヨンにあるサン・シャルル校からこの度の東日本大震災への温かい、励ましのメッセージが届きました。

 サン・シャルル校は白百合学園と同じカトリックの幼・小・中・高の学校です。カトリックの教育機関としての青少年教育への使命、希望への情熱、すばらしさへの質の向上を教育目標に掲げています。また国際交流にも力を入れ、外国への学校訪問やサン・シャルル校への受け入れも行っています。

 昨年の12月に、サン・シャルル高校で日本語クラスを担当している遠藤利加先生の方から、本学園との交流の要請がありました。実現に向けていろいろなことを検討している中での東日本大震災。フランスでも今回の大震災は大きく取り上げられたようです。送られてきた日本語クラスの生徒たちの作った励ましの寄せ書きや手紙を紹介したいと思います。


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白百合学園の皆様

皆さん、はじめまして。

私は、サン・シャルル高校の日本語クラス担当教師、遠藤利加と申します。当校は、フランス中部リヨン市の南に位置するヴィエンヌという町にあるカトリック校です。

今回の東日本大震災に関し、遠くフランスから皆、心を痛くしております。ここに皆様にお見舞い申し上げます。

3月11日フランスでも日本の状況が大きく伝えられました。その後、日本語クラスでは、9月の新学期から日本語を学び始めた高校1年生と3年生のクラスで日本の地震について真剣に話し合いました。そんな中で生徒たちが是非、大好きな日本のお友だちに励ましのメッセージを送りたいと意見が一致しました。まだ習い始めなのでつたない日本語ではありますが、皆さんにお手紙を書きましたのでこちらにお送りさせていただきます。皆さんにも早く笑顔が戻りますようフランスから笑顔をお送りします。

では、皆様の地の復興をお祈り致します。

4月19日

                  Institution Saint Charles

                  日本語担当 遠藤利加

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高校3年のクラス 2011年4月19日

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左より:ジェシカ、アビガエル、ローラ、ザカリ、テス、遠藤利加


クラスでの作成風景

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送られてきた寄せ書きや手紙などは、学習室2Aの掲示板に展示してあります。これを機に

本学園とサン・シャルル校との関係が深まり、両校の交流が実現することを願っています。

 

2010年9月18日

 

「第57回国際理解・国際協力のための高校生の主張コンクール」で 

見事国際連合広報センター賞」を受賞した石川さんの発表の内容をご紹介します。

 

  「私達はつながっていたい」           3年 石川 澪

 

私は、今年の一月、学校で行われている「フィリピン・ボランティア・スタディーツァー」に参加しました。いまにも崩れそうな家が立ち並ぶスラム街で子どもたちと交流したり、少数民族アエタ族の村では、赤ちゃんの世話をし、医療活動のお手伝いもしました。そして、貧しい人々のためにボランティアをしてきたという満足感で帰国したのです。しかし、この満足感は、ある出会いによって完全に打ち砕かれたのです。

 ある時、先生から「路上生活者への炊き出しに参加してみないか?」と誘われ、「路上生活者」という言葉が気になって参加することにしました。

 ボランティアの方々が朝から教会に集まって、沢山のおにぎりや豚汁を心をこめて作り、公園に向かいました。そこには既に80人近い人々が心待ち顔で列を作っていました。一通り炊き出しが終わり、公園でくつろいでいるホームレスの方々を見ていた時、ふっとフィリピンのスラム街で見た情景がよみがえり、はっとさせられたのです。私はフィリピンにいって、世界を知ったような気になっていたけれど、こんな近くにある日本の現実を見過ごしていたんだ。GDPがフィリピンの40倍もある豊かな国のはずの日本。それなのに、なぜこんなにホームレスがいるのだろう。私は、自分の視野の狭さを痛感したのです。

 そんな時、炊き出しの活動をしているNPO法人の芳賀さんから路上生活者についてお話を伺う機会がありました。不況のために会社が倒産して再就職もできず、アパートをでざるを得なかった人、借金の取立てを逃れて路上にでた人など、さまざまな事情がある人たちだったのです。また、一度住所を失うと、保険や生活保護の権利も失い、人としての保障さえも消えてしまうのです。今まで私は仙台の地下道で見かけるホームレスをただ軽蔑の眼でみていただけだった自分の無知が恥ずかしく、消え入りたい気持ちでした。このNPOは社会復帰のための支援もしていて、炊き出しや夜回りをするのは彼らと信頼関係を作り、社会復帰に応じてもらうためであること。そして、この十年間で五十人近くの方が社会復帰をしたことも知りました。

七十歳の小柄な芳賀さんの言葉には熱がこもっていました。「路上に出る前に誰かに相談していれば、こうはならなかった。彼らには相談する家族も友人もいなかったんだよ。つながってくれる人がいなかったんだよ。」私は、この豊かな日本の裏にある現実を思い知らされたような気がしました。物質的には恵まれ、一見幸せそうに見える日本、しかし、家族や友人、そして周りの人々とのつながりを失った人がいるのです。所在不明の高齢者の発覚もその一端かもしれません。

世界には、貧困など、さまざまな社会矛盾の中で、孤独な人、見捨てられている人が沢山います。フィリピンにも、日本にも、そして、この仙台の街にもーー。その一方で、彼らを支えようとしている芳賀さんのような人もいます。「彼らとつながっていることが大切なんだよ。一人じゃないんだよ、というメッセージを送ることが大事なの。」この時私は、「この世で必要とされない人は一人もいない。」というマザー・テレサの言葉を思い出しました。そして、今、路上で死を迎えようとしている人にも手を差し伸べたマザーの深い思いを心にとめました。

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 皆さんは全国に二万五千人ものホームレスがいることをご存知ですか。そして、この宮城県には約百二十人もいるのです。私は、まず自分の足元をしっかり見据え、「一人じゃないんだよ、みんなつながっているんだよ。」というメッセージを発し続けることが、今、私にできることだと確信しています。そして、このつながりを日本に、世界に広げたいと願っています。

  二回目の炊き出しの時、並んでいる人々の中に、ちょうど私の父ぐらいの年齢の方がいました。路上にでるまでにどんなことがあったのだろうかーーそんなことを思いながらおにぎりを手渡すと、彼は少し、はにかんだ表情で、「ありがとう」といってくれました。